本田友美さん(㈱教育と探求社)
本田さんは、6年間大学院で数学の研究をした後、通信制高校で数学を教える傍ら、色々な悩みを抱える子どもたちやその親のメンタルケアもしている。そして縁があって『教育と探求社』で、小学校から大学までの教育プログラムの開発に携わることになり、活動している。そんな二足の草鞋(わらじ)を履きながら元気に働いている本田さんに、多様な働き方についてお話を聞いた。
嫌いなことで闘いたい
週に2回通信制高校で教え、「数学は自分の人生そのもの」と語る本田さんであるが、かつては数学も学校も大嫌いだったという。宿題を忘れたり、勉強ができなかったりしただけで教師からひどい仕打ちを受け、勉強ができるようになった瞬間、手のひらを返したような態度をとる教師の多い学校で育ち、学校教育に理不尽さと不信感を抱いていたからだ。それにもかかわらず、1番嫌いだった数学を勉強するために大学進学することを決めたのは、「困難こそが人を育てる」という本田さんのポリシーと、「数学は美しい」という高校の恩師の言葉がきっかけだ。本田さんは、恩師の言葉を聞いても数学の美しさが分からず、自分の手で知りたいと考え、数学の研究者を目指すことにした。
しかし、大学受験には無残にも失敗。挫折感に打ちひしがれ、悩んでいた時に、見事に咲き、そして散っていく桜を見た。誰かを感動させるために咲いているわけではない桜のたたずまいに感動し、無理に感動を生み出す人より、自然と感動を与えられる人になりたいと心に決めた。
大学院まで進むものの、28歳の時に満を持して発表した研究結果が不運にも頓挫、人生で最も大きな挫折を味わい、鬱状態になる。今後の歩みを悩み続けている中で、一度きりの人生を研究で使い果たすのではなく、「子どもからお年寄りまで、数学になじみのない人にも、研究する上で知った数学の美しさを教えたい」という自分の本来の目的に気がついた。そして、理不尽な教育環境で育った過去の経験から、自らの手で教育を変えたいと考えるようになり、研究者への道を捨てて教育者の道を歩むことに決めた。
常に謙虚に
数ある学校の中でも通信制高校を選んだのは、さまざまな原因で社会からドロップアウトせざるを得ない状況に追い込まれ、心に傷を負った子どもたちが多いフィールドで教えたいと思ったからだ。通信制高校には深い悩みを抱えた子どもたちが多く集まるため、「鬱状態を経験した自分なら子どもたちのことを“すべて”理解できる」という過信が生まれてしまった。それが大きな間違いであったことは、教員になってすぐに思い知らされることになる。数えきれない失敗と子どもたちの言葉から、「常に謙虚に子どもたちと向き合う」姿勢を学んだ。現在、数学を教えながら、これまでかかわってきた子どもたちや、その親のメンタルケアをライフワークとしている。それは意識的に始めたわけではなく、相談を受けるようになったのがきっかけだ。
将来はメンタルケアの“相談室”のようなものができたらと考えているが、相談者の幸せを本当に考えていないように感じられる世の中の相談室のあり方に疑問を感じているので、より良い方法を模索している。メンタルケアをする中で大切にしていることは、自分の意見を押し付けずに相手の思いを引き出すこと。その人の話を聞くことで、心の中に持っている答えを気付かせるようにしている。この意識は、『教育と探求社』で働いている中でも活かされている。
ベストを探求
現在、通信制高校の先生をしながら『教育と探求社』に勤めている。そこでは「未来×エネルギープロジェクト」という、iPadを使って子どもたちに主体的かつ創造的にエネルギーについて考える機会を与える環境教育プログラムや、中高生向けのキャリア教育プログラムを開発しながら、実際にそれらのプログラムを自ら授業し、開発と実践の両方に携わっている。
そのきっかけとなったのが、勤務する通信制高校の教育方針に違和感を覚えたことだった。一度は辞めることも考えたが、「困難こそが人を育てる」というポリシーを再度貫き、自分の出来る範囲で最善を尽くし、改善に努めた。しかし、結局は学校全体の方針は何も変わらず、目の前にいる子どもたちに対して自分の信念と反する教育をしなければならない現実に耐えられなくなっていった。「一度きりの人生、こんなことでいいのか」と思い、ほかの方法で教育に携わることのできる道を模索した。そんな時、キャリア教育の一環として自分の授業で導入していたプログラムを開発する『教育と探求社』の社長と出会い、偶然の縁が重なり入社することとなった。
本田さんが教育プログラムを開発する上で常に意識していることは、本田さん自身が心からやりたいと思えるプログラムを「探求すること」。自分で開発したものを自分で授業したい、作って終わりではなくて自分でやるところまで考えている。傲慢な態度で「教えてやっている」という立場ではなく、「子どもたちに最高に輝く学びの場とは何か」を常に自分の中で問いかけている。なぜなら、かつて自分が経験した「子どもの可能性を平気で潰していく」学校教育の理不尽さを味あわせたくないからだ。それゆえに、机上で子どもたちの姿を想像して開発するのではなく、実際に教壇に立ち、目の前にいる子どもたちの何気ない表情や言葉をヒントにして、子どもたちの感性や個性が思う存分発揮されるような創造的なプログラムを目指し、試行錯誤を繰り返している。
夢を育てるのが人生
本田さんは、インタビューを通して、これから働くことを考える私たちへ「やりたいことはすぐには見つからない。だからといって弱音を吐いてすぐやめてしまうのではなく、始めたものは自分の直感を信じて3年はやってみてから次のステージに進むべき」というメッセージをくださった。実際に本田さんが生きてきた人生の中でも、今までの理不尽な経験が糧になって今の自分があるという。「社会の理不尽さを目一杯感じながら、与えられた環境で自分ができる精一杯をやり尽すことで、初めて“夢の種”が芽を出すのだと思います。その種を一生かけて育てるのが人生であり、夢を実現することだと思います。どんな環境に置かれても謙虚さを忘れずに、最善を尽くすことを積み重ねていけば、必ず夢は進化し続けていきます。だから、まずは自分の直感を信じて新しい環境にどんどん飛び込んで挑戦していってほしいです」とメッセージも残してくれた。
編集後記
嫌いなものにあえて挑むというその強さを感じ、人生は一度きりなので、多く困難に挑戦し、成長していきたいと思いました。また、「夢を育てるのが人生」という言葉がすごく心に響き、人生の長さも改めて感じたので、本田さんのように努力を忘れずに日々成長する歩みをしたいと思いました。
(インタビュー:岡本和哉、植木愛、植田凜、田中萌恵子、根來潤之介)