田中司好さん(有限会社つかさサンプル)
有限会社つかさサンプル代表取締役、田中司好さんは、食品サンプルの職を始めてこの道53年の職人である。
平成21年度には、川崎市の産業の発展や、市民の生活を支える現役の技術者に与えられる「かわさきマイスター」にも認定された。70歳を越えた今もなお日々研究を続けており、その道を極めている。またそれだけでなく、地域の小中学生に体験学習を開くなど、キャリア教育の活動に対しても力を入れている。
技術に頂点はない。毎日が挑戦の連続である。
田中さんは職人として、日々毎日の研究を欠かさない。食品サンプルは特に色が勝負であり、現物以上のおいしさを見た目だけで表現するのは、非常に難しい。何度も研究を重ねるうちに、ちょうど良い色合いが自らに染みついたと語る。一年間で何千個もの食品サンプルを製作するが、自分が気に入る作品はそのうち2~3個あれば良いという。食品サンプルにおける製作の多様性、常日頃の研究に楽しみを感じ、それが仕事を続ける秘訣であると話す。
素材の変化への対応には非常に苦戦したそうだ。時代の流れとともに、食品サンプルの原材料は、ロウから合成樹脂へと変化し、それとともに使用機器・型材・着色剤も変化。より高度な作品を作る為には、コストもかかる。時に同じ食品サンプルの仲間と協力しながら、田中さん自らが材料を探す。
また、田中さんはクライアントの要望にこたえる気持ちを忘れない。注文は、大きさ・高さ・材料の量や数・盛り付け方・角度など細かく、様々である。現物を頂き、写真・スケッチをとり、中身は何が入っているかまで具体的に調べ、製作に取り掛かる。例え自分が気に入ってもクライアントが気に入らない場合や、またその逆もあるという。
クライアントが望む細やかな注文に答えるのは難しい。しかし、要望に応えるべく研究を重ねて技術を追求し、自分もクライアントも双方が納得する作品ができたときに仕事の喜びを感じると話す。それが仕事を続けていく上で一番の原動力であると田中さんは語る。
「最近では、こんな面白いものも作っているんだよ。」そう言って、田中さんは様々な作品を見せてくださった。スマートフォンやニンテンドーDSのケース、こぼれそうなカレーライス、丼からはみ出るほど大きい明太子の作品。このようなユニークで遊び心のある作品作りも、田中さんの仕事の上での楽しみの一つだ。
クライアントの多様なニーズに応えるために、技術にこだわりを持ち、日々研究に追求を重ねているのには、「働かされているのでなく、自らが働く」という、仕事に対する強い意志があるからだ。
働かされているのでなく、自らが働く
田中さんが食品サンプルの職を始めたきっかけは、知人の紹介と時代背景による。中学時代、食品サンプルの仕事をしていた親戚の家で、焼き餅や海苔巻の食品サンプルを見て興味を持ち、「やってみないか」と誘われたのがきっかけだ。当時は中学を卒業すると、大学や高校に進学するより、手に職をつけることが多かったという。また、東京オリンピックや大阪万博といったタイミングで、食品サンプルがブームになったのもきっかけの一つである。
自らが起業するまでの10年間、田中さんは東京にある食品サンプルの会社に勤めていた。仕事は忙しく、食品サンプルがブームの時代、残業も多く大変だったそうだ。しかし、会社員としてただ働かされているというよりも、「自分の意志で仕事をしているのだ」という強い気持ちを常に持ち、辛さをバネに変えて働いていた。
仕事を続けていくうち「技術者として、食品サンプル技術をさらに極めていきたい」という気持ちから、自身で会社を立ち上げる。現在は息子さんと共に、今も現役で活動している。
いつのまにか、自分の職から離れられなくなっていた
そんな田中さんにプライベートの過ごし方を尋ねると、仕事以外の普段の生活においても、ほぼ常に仕事のことを考えているという。自分がレストランで食事を取る際でも、色合いや盛り付けなどを見て、「これはどうやってつくったら良いだろう」と、常に研究の心を忘れない。この職について53年、いつのまにか自分の職から離れられなくなっていたそうだ。
「旅行をしたり、行事に出たいと思ったこともあった。しかし、仕事優先の人生だった。」
ものを作る大切さ、楽しさを感じてもらいたい
「子どもたちに、ものを作る大切さ、楽しさを肌で感じてもらいたい」という思いから、キャリア教育の一環として、毎年、年に5回、川崎市内の小中学校を対象に体験教室を行っている。「将来、子どもたちが職業を選択する際に、ものづくりという職がそのひとつになったら良い。子どもたちがものづくりに興味を持ってくれることが、やりがいへとつながる」と話す。
また、近年、美術大学の女子大学生などといった多くの女性が、食品サンプルに興味を持ち、田中さんのもとへ訪れる。ものづくりという職に就くことについて、「男性であろうと女性であろうと、やる気のある子は強い。仕事に対しての強いイメージや思いがあれば、男女関係なく職人の道は極められる」と田中さんは語る。
他にも、中国や韓国からの研修生の受け入れ、「かわさきマイスター」として地域の行事に参加したり、さまざまなテレビ番組で取り上げられたりと、職人魂、ものづくりの技術、楽しさを様々な人に伝える活動をしている。
編集後記
女性にとって「職人」というと、例えば今回紹介した「かわさきマイスター」に設定されている人をみても、美容師や和裁師、洋裁師など業種に偏りがある。やはり、男性に比べると端的に少ないのが現状である。
技術を極め、研究し続ける職人への道は険しいものであが、田中さんへの取材を通し、いまや職人への扉は、男女関係なく平等に切開かれているのだということを感じた。