中尾文香さん(㈱テミル)
中尾さんは、大学院卒業後、就活サイトで偶然(株)テミルに出会い、「すべての人々のニーズに焦点を当てユニバーサルデザインをめざす」という考えに強く共感し入社。現在、テミルプロジェクトのマネージャーを務める。テミルプロジェクトとは、障がい者が働く事業所の商品の質を上げ、新たな付加価値をつけることで、障がい者の賃金の向上をめざしている。
今までの障がい者支援は、地域社会から隔離することで差別をなくすという「守る」福祉が基本の考え方だった。しかし障がい者である前に一人の人間であるはずと疑問をもった中尾さんは、賃金向上により障がい者に働きがいを感じてもらい、「守る」対象から、「自立を支援する」へと変えていけると信じ、日々の仕事にとりくんでいる。
働きがいを生む、障がい者の賃金を上げるという仕事
障がい者が働く多くの事業所では、以前からお菓子作りがされてきた。しかしあくまでも障がい者支援が目的であり、商品を売れるようにするためのノウハウはなかった。一人当たりの平均工賃は月に約一万三千円程度(厚生労働省発表値)である。そこでテミルではお菓子を売れるものにするため、パティシエや絵本作家などのプロの手を借りて「おいしく」「かわいい」お菓子をつくりはじめた。指導するプロが認める商品を作れるようになることは、非常に時間のかかることである。しかしその苦労の分、自分も他人も愛する商品をつくることができる。ながく売れるものを作ることができれば、事業所でのお菓子作りの仕事が安定したものになる。働く場が安定することや賃金が上がることで生活が良くなっていき、障がい者の自立につながると信じて取り組んでいる。
お金が多くもらえることは目に見えてわかる「働きがい」の1つでもあるのではないか。お菓子にこだわるのは食べた人が笑顔になり、その笑顔が障がい者にとっても喜びにつながるからである。
また、働く場を増やす取り組みとして、テミルは喫茶店「テミカフェ」も運営している。テミルのおいしいお菓子を通して、これまで地域社会から隔離されていた障がい者が、地域で働いていることを知ってほしいと中尾さんは願っている。
小さな「なぜ?」から世界を変える
中尾さんはテミルに入社してはじめの一年は、元来の負けず嫌いもあって、すべての仕事をかかえこみ体も心もぼろぼろになってしまった。終電まで働き、家に帰っても朝まで仕事をし、二時間だけ寝てまた会社に行くような生活を続け、自身の限界を知った。しかし限界を知ることで、できないことをできないと言う、どんなに忙しくても仕事のことを考えない時間をつくるという働き方ができるようになった。
中尾さんの弟も障がい者だが、中尾さんにとって弟は障がい者である前に「家族」であった。弟を含めすべての障がい者は、障がい者である前に同じ人であるはずだと考える中尾さんは、自立のための支援には何が必要なのか考え抜き、明確な目的を持ってテミルプロジェクトを動かしているのである。
そのためには、障がい者であることやそのように見られていることについて「なぜ?」と疑問をもつことが必要だ。しかしそれは時に、流れにさからうことでもある。流れに身を任せた方が楽であるが、小さな一つが世界を変えることができる、変えられるはずという可能性にかけている。
中尾さんはこのデスクから、大きなプロジェクトに取り組んでいる。
編集後記
今までにない福祉のかたちを提案していくことは、想像以上のパワーと熱量が必要であると知った。どんなに辛いことでも限界を超えることで、成長できると考えると踏ん張れる。中尾さんの言葉から「やっテミル」精神を学んだ。
(インタビュー:伊藤絢香、奥田遥、澤田知香、藤本紗貴、山田永)