すくらむ21では、「女性が語るトークサロン」と題する事業を新たにスタートさせました。いろいろな分野で活躍する女性をゲストにお招きしてお話をうかがい、男女共同参画の意義や性別にとらわれない生き方を多くの方に知っていただきたいと考え、企画した事業です。
今回は、記念すべき第1回目のゲストとしてお越しいただいた、小田急電鉄初の女性駅長である水島悦子さんのお話をもとに、鉄道業における女性の就業について考えます。
小田急線と登戸駅
小田急線は、新宿~小田原までの小田原線、相模大野~片瀬江ノ島までの江ノ島線、新百合ヶ丘~唐木田までの多摩線の、全線で3路線、120.5km、70駅を擁し、一日約200万人のお客さまにご利用いただいています。
私が勤務をしている登戸駅は、JR南武線との乗り換え駅ということもあり、乗降人員数は当社全線で5 位、一日平均約16万人ものお客さまにご利用いただいております。
登戸駅長の管轄は、登戸・向ヶ丘遊園・生田・読売ランド前・百合ヶ丘の5駅です。「駅長」というと、それぞれ全ての駅に駅長がいる、というイメージをお持ちの方も多いかと思いますが、当社線における駅長所在駅は現在14駅。全線で70駅ありますから、駅長一人当たり平均5駅を管轄していることになります。登戸駅所属の駅員数は23人、一日の勤務者数は9人です。この人数からもお分かりいただけるかと思いますが、少ない人数で一人ひとりが強い責任感を持ち、お互いを信頼し、お客さまに快適にご利用いただけるよう日々駅の運営を行っています。
駅での業務を学んだ新入社員時代
これまでの経歴を簡単にお話しますと、2001年に入社し、集合研修の後、江ノ島線湘南台駅で勤務をしました。湘南台駅は、私が入社する前年に当社線で初めて女性の宿泊設備が完成した駅で、まさに女性社員の宿泊勤務幕開けのタイミングであったと言えます。3か月程度の駅勤務の後、車掌区・技術職場、新宿駅構内に所在する小田急外国人旅行センターにて研修を行いました。同センターは訪日外国人旅行者向けの案内所で、当時は各種乗車券類のほかに、パッケージツアー商品や宿泊手配、外貨両替なども行っていました。英語があまり得意ではないものの、電話やメールで外国のお客さまと会話をしなければならない環境でしたから、アルバイトの優秀な留学生さんたちと連携して必死に仕事をしたことを覚えています。
宣伝担当から広報担当へ
本配属では営業推進部の宣伝担当になりました。業務は、小田急生活情報誌『CUE!(キュー)』(現在は廃刊)の企画・編集・制作や、ダイヤ改正の宣伝物の作成、また、『小田急のんびりハイク&ウォーク』という冊子の制作も担当しました。“のんびりハイク” では、他社合同のハイキングなどを企画し、下見から当日の運営までを行うなど、忙しくも楽しく仕事をしていました。
その後は民鉄協(日本民営鉄道協会)へ派遣され、広報担当として2年間仕事をしました。宣伝と広報は似ていますが、自社・業界の良い部分を広くアピールし利用促進を図るのが宣伝の仕事です。一方、良いことも悪いことも、事実を正確にお伝えするのが広報の仕事です。のびのびと仕事をさせてもらった宣伝担当のキャリアを経て、民鉄協の広報担当になり、鉄道業界のニュースリリースの発行や「環境レポート」の作成、「『私とみんてつ』小学生新聞コンクール」の立ち上げなどを行いました。
東日本大震災時の対応
その後、人事部の採用担当を経て、小田急研修センターで副所長として社員教育の担当をしました。期間は2010年6月からの1年間と短いのですが、その間に忘れられない出来事がありました。2011年3月11日、東日本大震災です。
今でも鮮明に思い出されますが、その日の午後は採用試験の面接が3時から予定されており、面接室に向かう階段で最初の揺れを感じました。すでに50人程度の学生がお越しになっていましたが、面接は状況を鑑み中止しました。情報がないと私たちスタッフも学生も不安なため、テレビのニュースをプロジェクターで放映する部屋を作りました。余震が続く中、夜も更けてきましたが、小田急線も全線で徒歩点検を行っており動いていません。運行再開は、同日の深夜24時。それ以降、お帰りになる学生もいましたが、遠方から来ている学生も多くいましたので、女性・男性部屋に分けて仮眠室を準備し、常時スタッフが起きて各部屋を見守るシフトを組んで一晩を過ごしました。
女性の学生を中心に膝掛けを配布したり、女性部屋の担当者は極力女性社員にする等の配慮をしました。
信頼して仕事を任せ、責任を負うこと
その後、総務部秘書担当へ異動し、会長と社長の秘書としてそれぞれ2年、計4年を経た後、2015年より現在所属する旅客営業部に配属となり、駅係員の人材開発を約1年間担当しました。
登戸駅長就任当初(2016年7月)の自分を振り返ると、初めての業務に対する期待だけではなく、「本当に私が駅長として勤務して良いのだろうか」という思いがありました。しかしそれは、「小田急電鉄で初の女性駅長」になることに遠慮があったということではなく、現業での勤務経験が少なかったことへの不安や引け目、ためらいが強かったからだと今は考えています。登戸駅の駅長として何ができるかを日々試行錯誤していたら、もう12月になっており、徐々にこの仕事にも慣れ、とてもやりがいを感じているところです。
駅長の直接的な仕事は、ヒト、モノ、カネ、時間、これらのマネジメントです。そして、それぞれ頑張っている部下の仕事の全責任を負う、ということです。目指す駅長のあり方は、一緒に働く仲間が快適で働きやすい環境を作り出すことだと考えています。そのためにも私は一人ひとりに目を向けて、最大限のサポートを行う。そして仲間は安心して一生懸命仕事に打ち込む。その結果が、安全で快適な鉄道輸送につながっていくと考えています。
女性だからではなく、ひとりの駅長として
当社では、私以外の駅長13人は全員男性です。それぞれ全く違ったキャラクターで、仕事の進め方や教え方も異なっています。「男性の駅長」というと、画一的なイメージを思い描く方もいらっしゃるかと思いますが、実際に蓋を開けてみると、中身は十人十色。私が女性だから他の駅長と違うのではなく、私という一人の人間、それが偶然女性であって、その個性が女性駅長としての私の位置付けなのではないかと考えています。自分自身が女性だと意識し過ぎることなく、肩肘を張らずに、誰にとっても仕事のしやすい職場づくりを心がけていきたいと考えています。
とはいえ、鉄道業界はまだまだ「男社会」。当社の女性社員の比率も約7%です。しかし、ご利用いただいているお客さまの約半数は女性ですから、女性の意見や要望にもしっかり耳を傾けて反映できるよう、女性ならではの視点や気づきをもって橋渡しをしていきたいと思っています。
(情報誌『すくらむ』vol.56号より掲載)