織田弦さん(イキメン研究所)
織田さんは、ITベンチャー企業の人材ビジネスを担当する部署で営業職として働きながら、NPO法人ファザーリング・ジャパン、川崎パパ塾、イキメン研究所といった父親支援団体でも活動している。
活動を始めたきっかけ
織田さんがこのような活動をするようになったきっかけは、2012年にお子さんが生まれ、父親になったことだ。子どもが生まれるまでの間、保健師さんが行う両親学級に参加し講習を受け、妊婦体験もした。市販されている育児本も読んだ。しかしそれらは父親が主体的にどう家事育児に関わればよいのかは教えてはくれなかった。育児は母親がやるもので、父親は手伝いという古い考え方や仕事と家事育児をバランスよくこなす男性というロールモデルの不在から、意識はあっても何をすればよいのか分からず手探り状態の日々が続いた。子どもが4か月の頃、ネットで父親の育児法について調べる中、ファザーリング・ジャパンが運営する日本初の父親学校「ファザーリング・スクール」を知り申し込んだ。数々の講座を受講するなかで、仕事や家事育児を楽しみながらバランスよく行い、なおかつ成果を出す父親たちを知った。そうした新しい父親のあり方やロールモデルを知ったことで自分の目指す姿が具体的になった。たとえば当時育休は男性が取るものという意識はなく、取得には至らなかったが、育児をする父親たちの活動をもっと早く知っていたら取っていたと言う。
家事は「分担」するものではない
朝はパートナーの方が先に家を出る。織田さんは子どもを保育園に送り届け、子どもの具合が悪い時は互いに相談し、なるべく自分が会社を休んで面倒を見たり、早めに保育園に迎えに行くよう努めている。家事は分担ではなく「シェア」するものだ。分担してしまうと、「やらなければ」という意識が先行してストレスになったり、出来なかった場合に互いを責めてしまいがちになる。どちらか一方が家に居なくても家庭が成り立つことを目標にしている。こうした育児をしながら仕事のパフォーマンスも向上させることを心がけ、だらだらと残業するのではなく、時間内に終わらせ結果を出す。勤務時間を短縮したにも関わらず織田さんの営業成績は上がってきている。
新しいことに挑戦しつづける姿勢
織田さんにとって「はたらく意味」はその時々によって違うと言う。学生時代のアルバイトはディズニーランドのキャスト。当時の織田さんにとって働く事は「楽しいこと」であり、この経験から子ども好きになった。しかし大学二年時、祖父の会社を継ぐため中退。後を継いだ祖父の会社で織田さんは「経営者の孫」だった。自分が働いた先にある姿は祖父だった。個人として見られてはいない、やるのなら引き継いだものではなく自分が一から作り上げたいという想いがあった。また、祖父の会社だけしか知らない状態では会社を引っ張っていくことは難しいという考えから、社会に出て学ぶ必要性を感じていた。そして、前と同じ業種では、結局以前の仕事の延長線上になってしまうという懸念から、業種の異なるIT業界に挑戦。「自分が成長できる」会社に入社し、営業という仕事も自分で学んだ。
敵は身近にいる?
織田さんのような父親たちの活動は徐々に認知されつつあるが、まだまだマイノリティだ。活動を広げるためにFacebookに投稿しても、いいね!はされるが、参加には繋がらない。「夫が高収入なら妻は働く必要がない」そう考える人もまだ少なくないのではないかという私たちの問いに対し、経済的な理由もあるだろうがそれだけではなく、イメージの問題であると織田さんはおっしゃった。私たちが幼い頃から何度も繰り返し目にしてきたテレビアニメ『サザエさん』『ちびまる子ちゃん』『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』…どれも母親は専業主婦である。例えばNHKの教育番組に『おかあさんといっしょ』があるが、それならば『おとうさんといっしょ』も作って欲しい、というファザーリング・ジャパンの要望で、BSで毎週日曜の朝に『おとうさんといっしょ』が放送されることになったという。未だ高度経済成長期の家族をモデルとした作品が少なくない中、多様な男性、女性が描かれ実際に増えていくことは固定観念を変える1つのステップになったのではないだろうか。
「イクメン」という言葉がなくなる日
「『イクメン』という言葉は、父親が育児をすることが当たり前の社会であったら生まれなかった言葉であり、父性や母性は性別で分けられない、自分には父性も母性もあると思っている」と織田さんは言う。
子どもに「こうなって欲しい」というようなものはない。好きなように生きてほしいし、子が親になった時にどういう社会であったらいいかを考える。そしてそのために、子どもが親や社会から沢山の愛を受けて自分を好きになり、自立した幸せな人生を送れる社会を、自分が作っていかなければという意識がある。織田さんは穏やかにそう力強く語った。
編集後記
「おとうさんといっしょ」のエピソードを聞き、例え一本の電話でも、行動を起こすことで社会は変えていけるという実感を得ました。織田さんは新しいことに挑戦することを恐れません。私も新しい挑戦としてパパコミュニティの活動に参加し、もっとメンバーの方々のお話を聞きたいと思いました。(田中 裕子)
私は、取材前は「家事は分担するもの」だと思っていました。しかし織田さんの取材を通して、パートナー同士お互いがお互いを思いやって協力して行こうという前向きな考えを持っているような印象を受けました。織田さんの言う「家事をシェアする」という考え方が社会に広く認知されれば、働こうと思っている人たちが安心して社会に踏み出せるようになるのではないかと考えました。(道合 佑太)
(写真中央:織田様 取材日8月22日、取材者田中裕子、道合佑太)