性別、国籍、年齢、身体などに関わりなく違いに寛容で誰もが共感・共存できるダイバーシティ(多様性)のまちづくり実現をめざし、川崎市は 2014 年に NPO 法人ピープルデザイン研究所と包括協定を結び、イベントを通した障害者の就労体験や研修、講演などを実施しています。今回はダイバーシティをキーワードに様々なまちづくりの施策を展開する NPO 法人ピープルデザイン研究所の代表理事・須藤シンジさんにお話をうかがいました。
活動の出発は、「次世代が生きる未来のために」
私には3人の息子がいますが、次男が21年前に脳性マヒで生まれたことをきっかけに、福祉の行政サービスの受け手となり、障害者の親として生活してはじめて福祉の世界の閉塞感を知りました。
「かわいそう」だという周囲の目で閉鎖的に生きている 家族、職員や福祉関連従事者たちは、やさしさをよりどころに一生懸命働いているけれど目先の忙しさに疲弊しており、財政面では膨大な税金を投入しながらも本当に 救うべき人たちを救いきれないという現実。そしてなによ り、障害年金等の財源の先細りも予見され、息子をはじめとする未来を生きる障害児の暮らしに当時は「輝き」が見えませんでした。当事者として関わるなかで、地味、暗い、ダサいというイメージがぬぐえなかったのです。
そこで視点を切り替え、自分のできることで、息子を きっかけに知った福祉サービスの受給者たちの未来を少しでも良くしていこう、そのためにどう動けるかと考え始めたのが現在につながる活動の出発点でした。それまでは企業に勤め、ファッションやデザイン、広告宣伝、事業計画やマーケティングなどさまざまな職務を経験していたので、そのノウハウを駆使して明るい未来を作りたいという思いで独立したのが 2000 年のことです。
現在は3つの法人の代表をしています。マーケティングコンサルティング会社であるフジヤマストア、そこで得た利益を使って世界のトップクリエイターたちと一緒にダイバーシティ――違いある人たちを分けて考えるのではなく混ざっていて当たり前という価値観、カルチャー、風 土・文化――を作っていこうと2002年に立ち上げたソーシャル・プロジェクト、ネクスタイド・エヴォリューション。そして活動の10年目に当たる2012年に、まちづくりのNPOとしてピープルデザイン研究所を立ち上げました。「まち」をひとつのメディア・媒体と捉えてダイバーシティを実現していくさまを伝え、違いに寛容であることが地域の永続的な発展につながると信じて、活動しています。
「混ざる」ことに慣れてないなら 慣れる場面をひとつでも多く作ればいい
多様な人に寛容な社会にしようというピープルデザインの考え方は、「思いやり」からもう一歩踏み込んで相手の気持ちを想像することでもあります。障害者をはじめとするマイノリティや福祉そのものに「意識のバリア」ができるのは、混ざることに慣れてないからだと思っています。 慣れていない、イコール知らない。知らないゆえの不安。それならば「慣れる」という場面をひとつでも多く作ればいい。このような取組のために、私たちは「デザイン」という手段を使っています。「ファッション」「デザイン」を切り口として従来の福祉の価値観を変えていこうと、デ ザイナーやクリエイターというアーティスティックな人たちとのコラボから始まり、企業や行政へと運動体の仲間をどんどん増やしていきました。表現する面積を広げることは、理想を現実にする「手段」として有効だと考えています。
未来をつくるためには声を上げ拳を突き上げてという方法もありますが、ただそれはあたりまえの話で、それだけでは人は動きません。このプロジェクトは、先人たちの想いや受け継いだものを、課題解決するための具体 的な提案にして、次世代にバトンを渡していきたい。仲間や賛同者、共感者を募り実現するにあたっては、こちらの主張だけではなく彼女 / 彼らの利得をも実現する必要 があります。対企業ならば企業の利益拡大、行政ならば 例えばコスト削減と税収増につながる可能性が高くなれば、賛同されやすくなるはずです。相手の利得や相手の 課題解決の実現可能性を高める手段として、ある種マーケティングの発想をベースにしていますね。
自分たちの企画が相手の困りごとをどう解決するのかを考える
国内では渋谷区と、包括協定を結んだ川崎市を主な拠点として活動しています。そのひとつとして、行政の職員 研修で、「障害者」「LGBT」「認知症を含む高齢者」「外国人在住者・来街者」「子育て中の保護者」という5つのグループに分かれて、それぞれの現状をリサーチし、課題を 洗い出し、その解決策の提案までを行いました。そのなかから、「LGBT」の課題解決策として「法律は変えられなくても行政で条例を作れば良いのではないか」という提 案があり、それが全国で初めて成立した渋谷区の「同性パートナーシップ条例」に基づく、「パートナーシップ証明書」 の発行へと結びついたのです。
川崎市の職員研修では、「認知症を含む高齢者」グループの課題として、地域での理解や認知度が低いことが挙げられました。そこから、今ある資源を使った具体的な 解決策として「認知症ライブラリ」の設置という企画案が 生まれました。宮前区は、区役所・市民館・図書館・保健所が隣接しています。そこで宮前図書館の目立つとこ ろに本棚を置き、認知症やケア・介護を含めた高齢者関連の本を編集して並べた「認知症ライブラリコーナー」を 市職員、企業、図書館が連携して設置しました。
私は妊娠中や子育て中の保護者も本当に大変で、期間 限定の「マイノリティ」だと考えています。昨年私の居住 する宮前区と一緒に、子育て中の住民が自分たちで子育てしやすい街づくりを考え、実践する連続講座「ピープルデザイン未来塾@宮前区」を開催し、今年度も引き続き実施しています。
子育て中の母親が中心ですが、子育てを終えた中高年も数名参加し知恵を出し合っています。「宮前子育て応援だん」という名で、参加者同士で子育て中に必要なサー ビスや欲しい支援を話し合い、さらに協力してくれる地域の住民や宮前区下の企業や店舗を洗い出してリスト化。提案書の作成や営業ツールを準備し、川崎市の広報媒体 や広報ルートも活用しながら広く伝え、プレゼンテーションするというものです。参加者自身がプランナー兼営業担当を担い、私は「自分たちの企画が、どう相手の困りごとを解決するのか」という軸でファシリテーションする役まわりに徹しています。
世界基準の物差しで物事を視ること
現在でも日本では男女が対等に働きに出られているわけではありませんし、この状態は 30 年前からあまり変わっていないのではないでしょうか。OECD 主要先進国中、女性の社会進出において日本は下位にいます。(2015 年のGGI[ジェンダー・ギャップ指数]は経済分野では 106 位。OECD 加 盟 34 ヶ国中では 29 位。) 他方、地方行政では多様な人たちが混ざっています。経済や世の中の第一線で活躍する能力、優秀さに性別は関係ありません。政治家も企業経営者の中にも、まだまだ終身雇用のもと「男が稼ぎ、女は専業で家を守る」という旧来型の考えをもっている方が多いのかもしれません。物がないところから立ち上げてきた高度成長 期時代には有効だったかもしれない産業、働き方、組織の 倫理観を、時代が変わった現在も色濃く残している組織も散見されます。世界基準の物差しで人の能力を判断できず自分たちの利害や習慣を優先的に考えた結果として、女性が前面に立てないケースが多いと実感しています。
海外では従業員の6割が女性だったり、上司が女性で部下が男性というのも当たり前だということに気づくわけです。憧れのロールモデルの姿をみせていくというのもひとつの手かもしれません。男女共同参画も中途採用も今や世界の常識ですから、本当に意思と能力があり、何歳であっても「御社の課題は○○でお困りですよね、私にそれを委ねていただければこう解決できます」というプレゼンテーション能力を持てば、チャンスを与えられることも多分にあるはずです。経営陣が、出産やその他 の理由で数年のブランクがあったとしても女性を即戦力として積極的にあるいは当たり前に活用していこう、本当に必要な能力を見極めて ピックアップしようという発想を持つ企業が増えてきてもいます。国内でも、そうした女性が活躍できる会社ももちろんあるので、社会や会社が変わるのを待つのではなく、活躍できるところがあれば自ら飛び込むという方法をおすすめしたいですね。
(本記事は須藤さんの著書にならい、「障害」と表記しています。)
(情報誌『すくらむ』vol.54号より掲載)