大矢敏さん(川崎アートセンター 映像ディレクター)
興行、配給、営業、買い付けなど、様々な側面から「映画」というものに30年近くもの間携わり、キャリアを積んでこられた大矢敏さん。現在は川崎市にあるアートセンターの映像ディレクターとしてご活躍されており、日々地域の方々に素敵な映画を届けています。
配給、営業、買い付けの仕事を経て神保町シアターの支配人に
「一番初めは、大映という映画会社に10年ほど勤めました。そこでは配給や営業、映画祭での買い付けなども行っていましたね。そこで、洋画を扱っていたことなどもあり、その後は洋画の買い付けや配給をしている会社でしばらく働きました。
その後、三百人劇場(東京都文京区本駒込に1974年に設立され、およそ300人を収容できる劇場。2006年に閉館)という、演劇の劇場なのですが、定期的に映画の上映もしていましたので、その企画を担当させてもらいました。また、その合間に上司が経営していた会社で、洋画の配給もやりながら、10年程勤めた後、2007年に神保町シアターの支配人に就任しました。
みなさんご存知のように、神保町は本の街です。なので、文芸映画を中心にした日本映画の名作特集は好評でした。そこでは、3年ほど勤めただけでしたが、その後も『小津安二郎特集』などのここ一番の番組は、編成や作品解説を頼まれたりしました。
今の職場(アートセンター)に勤めるようになったきっかけは、単純に声をかけていただいたということですね。これまでの私のキャリアを評価してくださる方がいるというのは、本当にありがたいことだと思っています。」
アートセンターでのお仕事内容について教えてください。
「映画館は、大きく分けると『シネコン(シネマコンプレックス)』と、アートセンターのような『ミニシアター』の2つです。『シネコン』では、大手の映画配給会社のような万人向けの映画を上映しています、一方、『ミニシアター』では一般にアート系の映画といわれるものを上映します。それを一言で定義するのは難しいですが、『作り手の個性が反映されたクセのある作品で、必ずしも万人向けではないが、流行に左右されない普遍性を持つ作品』といったところでしょうか。
個人的には『ミニシアター』のほうが劇場運営や雰囲気に手作り感があって好きです。そこでは、大手の映画配給会社では上映しない映画を観ることができるので、特にシ二ア層からの評判がいいです。ふた昔前の『ミニシアター・ブーム』といわれた頃は、若者の流行という側面もありましたが、今は知識も経験も豊富なシニア層に支持されていると思います。
アートセンターの取り組みを、地域社会に広めるために行っていることは、例えば、毎月発行している『シネマニュース』を麻生区や多摩区の回覧板につけていただくといった地道な活動がメインです。それから、今まではB5版だった『シネマニュース』を昨年からA4版に大きくしたのですが、その理由の一つは、回覧板のサイズに合わせるということでした。」
映画にのめりこんだ学生時代
「私は、子供のころテレビで映画を見て映画好きになった、最初の世代に属します。初めて劇場で映画を見たのは、小学生のときに祖父に連れられて見た、三船敏郎主演の『山本五十六』ですから、8歳くらいだと思います。幼いころからテレビは見ていました。中学生になってからは劇場に通いだしました。
そして、大学は新聞学科に進学しました。なぜこの学科を志望したかということについては、まだ将来のことがはっきりと定まっていなかったからというのが正直なところです。新聞学科は比較的自由に自分の学びたいことを学べる環境でしたので、マスコミやメディア、文章の書き方などについて勉強しながら、時にはミニテレビ番組作りなども経験して、自分から発信することを経験することができました。」
「大学在学中にはサークルには入っていませんでした。映画関係のサークルは学内に多くありましたが、学科の授業は早くから専門課程があって、クラスの仲間もいるし、そこで映像やメディアについては勉強しているし。それに、サークルの先輩に上から色々言われることが嫌だという気持ちもありました。でも、映画は相変わらず好きだったので、平日の昼間から映画館に行くことも多かったです(笑)」
自分のやりたいことをやりぬこう
これからアートの道を目指す若者に向けて何か伝えたいことはありますか。
「アートの世界はとにかく自分の力をつけるしかありません。アートの中でも、映画は産業として確立しているので、比較的キャリアを築いていきやすいかもしれません。映画以外の分野でも才能がある人は自分自身で芽を出してくるものです。才能に加えて少しの運も必要ですかね(笑)。
生活の中に芸術を取り込みながら、日々継続して自分の力を磨いていくことが成功への一番の近道かもしれません。」
今の大学生にアドバイスをお願いします。
「一番伝えたいのは『好きなものを追求していく』ということです。なぜなら、僕自身、今まで好きなことをやり続けてきたからこそ、現在の自分があると感じているからです。そして継続することも大事です。1年で一気にたくさんの映画を見て、その本数を自慢するよりも、たとえ1年に数十本程度でも、長い間それを継続していくほうが、自分のものになりますから。
好きなことはとことん追求して、まずは基礎から学んだほうがいいです。基礎があって初めて応用に繋がりますから。」
取材を終えて
「映像ディレクターってどんな職業なのだろう?」 そんな疑問や不安を抱えたまま臨んだ取材でしたが、大矢さんの気さくなお人柄のおかげで、自然と私たちの緊張もほぐれていきました。大矢さんは終始、映画に対する思いや自分の意見を熱く語られていて、心から映画が好きで、仕事としてというより、大矢さんの生活そのものに映画が関わっているという印象を強く受けました。また大矢さんには好きなものをとことん追求するというストイックさを感じ、その結果、小さい頃からの夢を実現することができるということを、私たち若者に体現してくれていたように思います。
取材日 2012年8月23日
長野 千香子
石川 智規
嶋田 弘之
堤 智香
細根 祐太